私は毎日飲みすぎて脳細胞が破壊されているからかわかりませんが、よく「え、覚えて無いんですか?」と突っ込まれる事があります。
特にホーチミン市に移住してからは季節の境目が無いため(1年中夏です)「○○に行ったのはいつだっけ?」という具合に思い出せなくなっています。
しかしながら、それはそれでいいかなと思っています。忘れてしまったらまたやれば良いので。
それより、今回の問題提起は昔話ばかりする人についてです。なぜ昔話をやめて、未来の話すべきなのか解説していきたいと思います。
目次
人生にどうしても成し遂げたい目標はあるか
私は今年40歳になりますので、そこそこ色んな経験はしています。コロンビアのボゴタで拳銃を持ったヤンキーに追いかけられたりとか、歌舞伎町の入り口でヤクザの親分が乗ったタクシーにぶつかり、出迎えしていた組員の方々に捕らえられたり、強風の日に50万円引き出して、コンビニから出たところで吹き飛ばされて50万円を撒き散らしたりしました。
でもそんな事をドヤ顔で人に話しても、自分の人生がいい方向に変わるわけではありません。むしろ辛かった話なので思い出さない方が良いかもしれません。
それより大事なのは、40歳の今、100歳まで生きると仮定してあと60年でどんな事をやりたいのか、成し遂げたいのか、こういう話を一緒に出来た方が良いなと思っています。
私は30代を東南アジアで過ごしたので、40代をアフリカ、50代を南米で過ごしたいと思っており、また行く先々で日本人ならではの事業を作っていきたいとも思っています。
同窓会はなぜあんなにつまらないのか
大学の同級生なら20年前、小学生なら30年前に付き合っていた人達と再会する、というタイムマシーン的なイベントが同窓会だと思います。
もしこの記事を私の同級生が見た時の為に言い訳をしておくと、1人1人は素晴らしい人生を送っていて再会は本当に嬉しいのですが、共通の話題を出そうとするとどうしても当時の話になるため、もしかしたら共に未来を生きるための話をできる人たちなのかもしれませんが、昔話が中心になります。
昔話をしている瞬間は笑いも涙もあり楽しいかもしれませんが、自分の人生は1ミリも前に進みません。お酒を飲んで昔話に花を咲かせるというのは80歳以降に取っておこうかと思っています。
昔話をする人とは
いよいよ本題になります。例えば、昔遊んだゲーム、90年代に流行ったアーティスト、クラブを梯子して遊んだ時の事など、こういう話題が好きな人はあなたの周りにいないでしょうか?
また、20代の頃の何日連続徹夜とか、有名人と遊んだとか、株を売り抜けたとか、マウンティング+昔話だとより不快になります。
そしてそれを「凄いっすね、そんなこともあったんですね」と相槌を打たなければならないのであればそんなつまらない場をすぐに離れましょう。
私の場合要注意センサーがまぶたにあって、この昔話は聞いていても一文の価値が無いと感じるとまぶたが痙攣し、まばたきが減り、ドライアイがきつくなります。
ですので、トイレに立ち上がったり、目薬をさしたりして話を変えることにしています。
この打ち合わせなんの意味も無かったなと思うときは、大抵昔話(先月の話でも十分昔話です)が多かった時です。
昔話を遮り、未来の話題にもっていけるか
会話の内容が昔話に寄ってきたら、タイミングを見て「昔話なら俺はしない」というスタンスを明確にしましょう。前述の昔話キャラもそういう癖があるだけで未来の話をできないわけではありません。
具体的には
・これからの事を少し話してもいいですか?
・相談したかったことがありまして
・昔話はまた時間のある時ね
このように話を切り返せばよいのです。
同窓会であってももしかしたらこの流れは作れるかもしれません。そして、もっと良い話ができるかもしれませんね!